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COLUMN

スペシャルオリンピックスへの想い

様々な分野で活躍されている著名な方に、「スペシャルオリンピックス」への想いを アスリートとの出会いや交流など、体験談などを交えて語っていただくコーナーです。

広島パイロットクラブ 会長 河田 和子

ナショナルゲーム開催に寄せて

第4回

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SON・広島の念願でありましたナショナルゲーム(国内大会)の開催が実現となり、誠に嬉しく慶賀に存じます。

 1994年スペシャルオリンピックス日本が国際本部から認定され、設立に大変ご尽力された細川佳代子様が、初代会長に就任されました。(2005年には、特定非営利活動法人として認可され、理事長にご就任)

 時を同じくしてパイロットインターナショナル日本ディストリクト広島パイロットクラブが設立され、脳関連障害者支援を焦点に活動する、民間国際ボランティアクラブに私は参加していました。

 姉妹クラブ尾道パイロットクラブの会員の方から、細川様の講演会に誘われ、

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もとより好奇心の強い私は、日本のトップレディとしてご活躍の細川様に興味津々、クラブの友人を誘って公演を拝聴いたしました。ご講演の主旨その熱い思いに、私たちは共感しSON・広島設立を即座に承諾したしました。

 早速設立メンバーをお願いした方々のご熱意とご協力で、1998年6月にSON・広島が認可され、組織としての第一歩を踏み出しました。その時の喜びと感動を改めて思い出し胸の熱くなる想いで振り返っています。

 設立の開会式には、時の県知事、故藤田雄山様を始め、多くのご来賓のご来席をいただきました。SON会長の細川様のスピーチの素晴らしさ、重みのある内容に一同感動し、興奮さめやらぬその余韻が原動力となり、今日を迎えることが出来たと思います。

 SON・広島に関わる全ての方々のこれ迄のご苦労に対し、心からの感謝と敬意を捧げますと共に、ご慰労を申し上げます。

 崔大会委員長(SON・広島理事長様)を始めとして、抜群のご人材で運営される広島大会の成功をひたすら願っています。

 設立当時、神奈川の東海大学のキャンパスで開催されたナショナルゲームに参加しました。初経験のアスリートの精一杯頑張っている姿に、コーチもボランティアも必死の応援でした。私たちも大いに挑戦力を刺激されました。その時のアスリートへの愛しさは、筆舌にはつくせません。

 そして1990年第十回世界大会が、アメリカノースキャロライナ州チャベルヒルズで開催されました。広島からは出場するアスリートとそのファミリー・コーチの方々と私たち3人のボランティアが参加しました。

 アスリート7,000人、コーチ・ファミリー17,000人、ボランティア40,000人が世界各地から一堂に集合しました。

 開会式には、スペシャルオリンピックス創設者ユニス・K・シュライバー夫人(アメリカ大統領であった故ケネディ氏の妹)やシュワルツェネッガー氏他著名人が参加していました。壮大で華麗な夢のような、世紀の祭典でした。入場行進の響きあう感動、世界はひとつを実感しました。

 「今、私は、この大地で世界の人々と時を共有し、喜びを共感しあっている。奇跡ではない。国境や人種の壁もない。障害への隔たりもない。同じいのちの尊厳を持って生きている。」

痛烈に心に響きました。

 また、2005年長野で開催された冬季世界大会にも参加でき、またまたエキサイトしました。

 元理事長細川佳代子様は、「ハードのバリアフリーも大切だけど、心のバリアフリーをあなたから・・・」と声に出していらっしゃいました。私に出来ることは、真にこのことだと思います。社会に訴え続けます。

 私のシニアライフ三十年間を、障害者支援に頑張った筈が、実は私が一番多くの学びを得、感動と元気をいただきました。その間の多くの人や事柄との出会いは、私の珠玉であり、生きる充足感をいただきました。私もラストスパートをかけて、人生の最終章ラウンドを走り抜けたいとおもいます。

 SON・広島の皆様に心からの感謝とエールを捧げます。

Profile

1931年生まれ 広島市出身

2022年第8回スペシャルオリンピックス日本夏季ナショナルゲーム・広島 大会参与

特定非営利活動法人スペシャルオリンピックス日本・広島元理事

パイロットインターナショナル日本ディストリクト

広島パイロットクラブ会長(2021~2022)

パイロットインターナショナル日本ディストリクト第13代ガバナー

広島県立大学元同窓会会長 現顧問

元県立広島女子大学同窓会 紫水会会長

有限会社渡辺代表取締役

公益社団法人スペシャルオリンピックス日本 評議員 市原 則之

支える力で「スペシャルオリンピックス広島大会」の成功を

第3回

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文部科学省が策定した「スポーツ立国戦略」には、スポーツは〝する人、みる人、支える人を重視する〟とうたっています。

世界的コロナ禍で、開催の是非の論議が白熱する中でスタートした「2020東京オリンピック競技大会」は、アスリートがスポーツの底力をいかんなく発揮して、無観客ながらも、この〝する人、みる人、支える人〟が一体となったすばらしい大会として、歴史に名を刻みました。

特に大会運営を支えた多くのボランティアの活動は、参加各国のアスリートや競技関係者から高い評価を得て、大会期間中から終了後まで、多くの感謝の意が表明されました。

これはボランティアの活動をはじめ、治安のよさ、分秒たがわぬ交通システム、安心できる医療体制のほか、勤勉実直で、奉仕精神豊かな日本の国民性が随所に発揮されたからではないでしょうか。

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(学)広島山陽学園 理事長 市原則之(左)、日本パラリンピック委員会 委員長 山脇康(中央)、日本オリンピック委員会 会長 山下泰裕(右)

かたや多様性が重視される中での開催となった「2020東京パラリンピック競技大会」は、パラリンピックの父と呼ばれるルーヴィヒ・グットマン博士が障がい者に与えた究極の箴言(しんげん)「失われたものを数えるな、残ったものを最大限に生かせ!」の言葉をアスリートが実直に実践し、多くの〝みる人〟に深い感動を与えました。

オリンピック・パラリンピック競技大会はもはや獲ったメダルの数で評価されるものでなく、いかに社会と調和しながら、さまざまな人やものと共生し、人々の共感を得ることが大切なのだと感じました。

こうしたなか、「2022年第8回スペシャルオリンピックス日本夏季ナショナルゲーム・広島大会」が広島市を中心に、呉市、三原市、北広島町で開催されることには大きな意義を感じます。

それぞれの開催地には、このような社会背景のなか、障がい者スポーツがしっかりと地域に根付くよう幾多の工夫を重ねて、大会を盛り上げて頂きたいと思います。

各開催地では、旺盛なおもてなし精神で、これまで多くの人を迎えてきた住民のみなさんが、知的障がいのあるアスリートが安心して最高のパフォーマンスが出せるよう、しっかりとサポートされることと思います。

地域の〝支える人〟のサポートで、〝する人〟のアスリートが力を発揮し、多くの〝みる人〟に感動を与え、長く心に残る大会となることを願っています。 大会の成功を心からお祈り申し上げます。

さぁ、みんなで支えよう!「スペシャルオリンピックス広島大会」を!

Profile

1941年生まれ。東広島市出身。 広島修道大学卒業

元湧永製薬㈱取締役(1969年ハンドボール部創部に参画、選手・監督・部長)

広島山陽学園理事長、広島修道大学特別客員教授、元広島県瀬戸内高校教諭

日本オリンピック委員会名誉委員(元副会長・専務理事)

日本ダンススポーツ連盟副会長、日本トップリーグ連携機構専務理事、日本ハンドボール協会特別顧問(元副会長・専務理事)

※元日本男子代表選手・男子代表監督(1984ロスアンゼルスオリンピック)

 日本財団パラリンピックサポートセンター顧問

 元2020東京オリンピック招致理事会副理事長 ほか

一般社団法人広島県障害者スポーツ協会 会長 山根 恒弘

「2022スペシャルオリンピックス広島」へ

第2回

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東京パラリンピックの感動の余韻の残る今、2022スペシャルオリンピックスの広島開催がますます楽しみです。

世界の共通言語となったスポーツは、社会を変える力になり、人類を豊かにしました。

スポーツは健康で元気な人のための一部の人のものでしたが、近年、障害者、高齢者にも広がり新たな時代を作る力になってきました。

競争・競争が、今日気候変動、新型感染症等が人類の生存を脅かし、様々な意味での共生が喫緊の課題になっています。障害者スポーツは共生社会の進展を担います。

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2018年ハンザヨット国際大会が広島で開かれました。このハンザヨットは、大きな、強い波風には弱く危険で障害者が乗るなんて考えられないヨットを、障害者が乗れるように改良され、さらに両手両足のない人でも乗れるような器具も開発されました。 競争と共生が両立する大会でした。

男女、障害の程度関係なくNOハンディーで順位を競うレースをし、笑顔・笑顔があふれ命輝く姿がありました。このヨットを世界に広めてきた世話人の方々は、戦争のない平和な社会を作る共生社会の実現のための「My Way My Life」だと言います。

国際平和祈念都市広島での開催を大変喜び、ネットで世界に発信しました。

新時代のスポーツの姿があります。

この大会が笑顔溢れ、命輝く大会となることを願っています。

Profile

修道高校卒業、広島大学工学部経営工学科卒業

ヨット部へ入部し、広島大学体育会設立

昭和60年から平成23年まで山根木材㈱(現・ヤマネホールディングス㈱)代表取締役社長

(一社)広島県木材組合連合会 会長、(公財)広島市スポーツ協会 会長、広島市教育委員

現在は、ヤマネホールディングス㈱ 取締役会長、(公財)広島県セーリング連盟 会長、(一社)広島県障害者スポーツ協会 会長

文部科学大臣表彰受賞、黄綬褒章受章、旭日小綬章受章

NPO法人スペシャルオリンピックス日本・広島 理事長 崔 希美(さい ひみ)

未来を想像できる場所

第1回

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私にとってスペシャルオリンピックスは、「未来を想像できる場所」です。

私自身、生まれつき障害を持った息子を授かり、出産直後に48時間の余命宣告を受けました。子供と自分の将来が思い描けず、長いトンネルのような時間の末に出会ったかすかな光、それがスペシャルオリンピックスの活動でした。

アスリートたちの生き生きとした姿、なにより保護者の方々の前を向いた姿。わが子を育て、大人になれば社会に送り出す、そんな当たり前のことがとても難しい、障害をもつ子を育てるということ。障害児から障害者となって大人になる息子を、障害を持たない上の子2人と同じように社会に送り出して良いのだと、スペシャルオリンピックスに関わる保護者の皆さんの姿から、教えられました。

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このたび、1年延期の上で開催された東京オリンピック、そしてパラリンピック。わたしたちは、あらゆる環境を乗り越え、身体的な障害をも乗り越えて躍動するすべての選手たちに大きな感動と生きる力を与えてもらいました。それは、スポーツのもつ偉大な力を感じた時間でもありました。

私は、そのスポーツの力を信じて知的障害のある人たちのために、同じ目標に向かって日々努力する場を提供するスペシャルオリンピックスの活動を素敵なものだと心から思っています。そして、私たちの活動が、人と人とのつながりと感動の共有を通じて、すべての人が互いの違いを超えて互いの長所を認め合い幸せを共有できる優しい社会、だれ一人取り残されない共生社会の実現につながることを心から願っています。

Profile

出身地:山口県宇部市

航空会社を退職後、

航空専門校 インターナショナルエアアカデミー広島校 校長

比治山大学・比治山大学短期大学部非常勤講師

広島県内の小学校から大学まで、キャリア教育の一環としてマナー講師を務める

2019年 スペシャルオリンピックス日本・広島 理事

2020年 理事長就任 スペシャルオリンピックス日本ナショナルゲームの広島への招致活動に尽力、当大会の実行委員長に就任、3児の母

所 属:広島経済同友会 幹事、広島県中小企業家同友会 県理事、一社)広島県障害者スポーツ協会 理事